マンション管理

100年以上安心できるマンション管理の方法論

川崎市にあるタワーマンション「パークシティ武蔵小杉ミッドスカイタワー」が「100年安心計画」を発表されました。今回BORDER5では、「100年安心計画」を発表された経緯、今後の取組などについて、パークシティ武蔵小杉ミッドスカイタワーの松尾さま、志村さまにお話を伺いました。

パークシティ武蔵小杉ミッドスカイタワーの「100年安心計画」について

BORDER5:今回はパークシティ武蔵小杉ミッドスカイタワーさんが策定された「100年安心計画」を中心にお話を伺います。

 

志村:よろしくお願いいたします。我々は超長期でフラットな修繕積立金の収支計画として、8年前の2013年に60年周期でのフラットな修繕積立金の計画を立てました。そもそも修繕積立金はフラットがあるべき姿と考えておりますが、現在では同じように修繕積立金のフラット化に取り組むマンションも増えてきました。

 

その後7年を経て、修繕積立計画を見直すにあたり、外壁の損傷などの経年劣化の実態調査が必要と判断し、昨年2020年に専門的な第三者調査機関のさくら事務所に「外壁損耗の診断」を実施いただきました。さくら事務所からは、当マンションの外壁損傷の程度が大変良好という結果でしたが、今回の100年のマンション管理計画に変更するにあたっては、この調査結果が極めて重要な意味を持っています。

 

さて、当マンションの修理修繕の手法は、よくある予防保全の考え方ではなく、定期的な保守点検を行い、その状況を見ながら本当にダメなところは補修し、補修不要なところはやらないという状態監視保全というものです。また、必要に応じて修繕用の部品を先に調達します。

 

例えば、修繕支出でウェイトの大きい費目として自動ドアの保守があります。当マンションには自動ドアは約130ヶ所あり、予防保全的な方法だと自動ドアは6年で部分整備、12年で全更新となります。しかし、自動ドアで最も摩耗頻度が大きいのはモーターでその他は殆ど壊れません。そこで、壊れやすいモーター対策として予め交換用部品をまとめて購入、ストックした上で、定期点検でリスクが検知されたらその機会に交換します。

 

このように設備の定期点検の際に、モーターが壊れていればストックを使って修理するので、自動ドアは予防保全で対処する必要がなくなります。そこで自動ドアについては特定時期に一括更新として経費計上するのではなく、「修繕引当金」的に一定額を毎年計上し、壊れたら実費支出、壊れなければ繰越という計画に変えました。このように、機械設備については、修繕計画の支出サイドもフラットにした項目もあります。

 

摩耗する機械設備には更新期限が存在しますが、設備の個体性能や稼働率によって寿命もかなり異なってきます。だからどこかで一斉に交換するのではなく、財務上は一定の引当金を毎年積む一方で、必要があれば支出するし、必要がなければ支出せずに繰り越すように弾力的に管理すると、お金は全く無駄なく使うことが出来るようになります。

 

このように修繕の実施タイミングとそれに必要な資金手当てを動的(ダイナミック)に管理する手法を10年前から実践していますが、これが状態監視保全の本質です。

 

一般的にタワーマンションは修繕総支出の75%〜80%が機械設備経費として占められており、ここが一般のマンションとはまったく違うところです。機械設備の修繕執行と資金手当を効率的に管理していくのが、長期修繕でもっとも大事な部分で、単に支出実行時に相見積もりをするというだけでは十分ではありません。

 

ところで、一般に大規模修繕と言われる工事は外壁や屋上修繕を指しますが、これについては、前述のさくら事務所の診断結果を踏まえ、周期12年を18年に変えました。その際、土屋さんのアドバイスを踏まえ、中間修繕費として引当金的に6年に1回、1億円を計上してリスク対応しています。

 

確かに100年先なんて誰もわかりません。当マンションの修繕計画上の約80%を占める費目の周期の最小公倍数の取ると90年になります。この最小公倍数である90年+αの収支を見て、その時間軸で修繕収支を管理してゆけば、この先大きな問題にはならないだろうというのが「100年安心計画」の根底にある発想です。

 

松尾:もちろん100年先のことは分かりませんが、過去30年、バブル崩壊時の建設単価を見てみると、リーマン・ショック後に安くなったり、上がったり下がったりを繰り返していますが、総合すると物価変動はバブル後の30年間で15%ぐらいのぶれで収まっているんですよね。ということは、その3倍で90年経ったとしても、単純に折れ線グラフで見ると、今回の「100年安心計画」はあながち絵に描いた餅とは言えないと考えています。

 

そもそも、一般的なマンションの長期修繕計画は予防保全の塊で無駄だらけなのですよ。

もちろん物件ごとに状況も環境も違うので一概には言えないのですが、それをさっき言ったような状態監視保全にするだけでも数十%のコスト削減になります。もともと予防保全は予防するための寿命をある程度想定しているわけですけど、現実的にはそれよりも寿命が長いものもあれば短いものもありますが、たいてい寿命は長いことが多いのです。だから単純に予防保全の発想を変えるだけでも15〜20%のプラスにはなると思います。そうすると30年の建築単価や物価変動と比べても、我々の100年安心計画は現実的なものと思います。

状態監視保全で出来るコスト削減は意外と大きい

土屋:これまでの話を分かりやすく例えるなら、マンション管理とビル管理の違いなんです。ビルの管理人とマンションの管理人は全然違うんだけど、ビルの管理人は昔で言うとボイラー技士のおじさんなど本当の設備管理のプロが、毎日ビルの管理室に勤めていて、たいていのものが壊れても、少々の修理が出来るだけの部品をストックしていたんですよ。マンション管理の場合はそれが出来ません。

 

技術的な問題などを含め管理会社任せになる傾向が強いんだけど、パークシティ武蔵小杉ミッドスカイタワーさんは管理会社任せにはなっていません。パークシティ武蔵小杉ミッドスカイタワーさんは自分たちでやり方を決めて、自分たちで状態監視保全としてやっていくための準備と組合運営の方針を決め、その方針のもとで管理会社に動いてもらう。その違いですね。

 

他のマンションも部品がなくなる前にまとめ買いするなど、一定程度のことをやれば、同じことをやれないこともないです。さくら事務所でも消耗品などの部品のまとめ買いのアドバイスはすることもあるんだけど、10件言ったら実際に実行してくれるのは1件か2件です。状態監視保全の有効性がどんどん知識として他のマンション組合に拡がっていくと、将来的には予防保全ではなくて状態監視保全が見直される時が来るかもしれません。

 

松尾:マンションはいろんな部品が日々劣化していきます。通常だと電気屋さんには点検でお金を払い、どこか壊れたらその都度修理を頼んで費用を払うことが一般的だけど、消耗部品はものすごい多くの種類があります。その中で壊れやすくて数が多いものをいくつかピックアップして、これをまとめ買いしてストックしておく、それを点検のときに不具合があれば一緒に直してもらうだけで、だいぶ修理費の節減になります。

 

土屋:長い目で見ると掛かる費用が大きく違ってくると思います。

 

松尾:業者目線では、修理費は別に欲しいところでしょうが、点検ついでにやってもらうのでその分の手間賃が浮く計算になります。

長期修繕計画を診断できる資格の必要性

BORDER5:今回国土交通省のガイドラインが改正となりました。

 

志村:はい。今回の修繕積立金の改定で、当マンションの修繕積立金の単価は250円/㎡に上がりました。しかし250円/㎡という水準は、新ガイドラインの目安値としては下限(240円/㎡)に近く、次回のガイドライン改定では非適格に転落するじゃないかと半分冗談でも感じました。今後どうしていくかは住民を巻き込んで議論していく必要があります。もっとも、国土交通省の新たなガイドライン改定の計算式はかなり複雑で、管理会社に仮評価試算をお願いしたら、280円/㎡超だったので、結果的に下限値まではまだゆとりはあります。

 

修繕金単価は、国土交通省の管理計画認定制度の主要評価項目となっており、240円/㎡未満だと不合格マンションの烙印を押されかねない。しかし、この水準をクリアできるタワーマンションが現実にどれだけあるのか疑問なしとは言えません。

 

ここで大事なのは計画上の支出です。これがいい加減だと話にならなくて、項目の漏れがないのはもちろんですが、各項目の支出額が必要十分なのか否かが極めて重要です。つまり支出計画のクオリティの判断が先で、次に支出を十分にファイナンスできるかどうかの判断が来る。今回の評価制度や認定制度も修繕支出計画の十分性に関する基準を飛ばして、いきなりファイナンスの基準に飛んでいる点が、最も違和感のある点です。

 

土屋;志村さんがおっしゃったとおり、長期修繕計画の作成とチェックは、世の中に資格や研修がありません。さくら事務所でも数多くのタワーマンションの長期修繕計画を見ていますが、建築工事関係はまあまあしっかりできていますが、設備工事関係の修繕計画にはばらつきと見落としがあります。たとえば、機械式駐車場の不活性ガス消火設備がそっくり見落とされている事例がありました。これは60年間だと4000万円ぐらいの支出の見落としになります。数字を間違えているわけではなく、そもそも項目に入ってませんでした。今後のマンション管理の動向を考えると長期修繕計画診断士みたいな資格を創設する必要がありますよね。

 

松尾:ぜひやってほしいですね。その上で修繕計画を評価するなら、まず適切な計画ができているかどうかの判断をしてから、蓄積したお金でその計画が十分ファイナンスできるかどうかですよね。長期修繕支出計画をちゃんと診断するための基準や指標が必要です。

 

土屋:マンションの世界は、大きく分けて建築と設備の2ジャンルです。感覚値ですが建築業界人が100人いるとすると、建築が85人で設備は15人ぐらいだと思います。マンションの管理会社で設備のことがわかっている人はごくごく少数派で、それが長期修繕計画のクオリティにそのまま影響してます。だから建物設計ではなく、設備のメンテナンスと修繕を専門にやってきたような技術者をマンションの管理業界にもっと増やすべきです。過去にはタワーマンションの概念はなかったせいもありますが、現在、タワーマンションがこれだけたくさん出てきたので、一定規模以上のマンションは、長期修繕計画診断士を資格化して、診断士が長期修繕計画をチェックしないとダメということにしないと、今後の計画認定制度をパスするために、長期修繕計画を改ざんされる可能性もあると思います。

 

松尾:長期修繕計画の診断士は必要ですよね

 

土屋:そうですね

マンションが自分たちでブランディングし稼ぐ時代へ

土屋:新しくパークシティ武蔵小杉ミッドスカイタワーに入居される方で、管理状態に惚れて入居される手応えを感じることありますか?

 

松尾:あります。当マンションの売買を仲介する業者によれば、この10年で当マンションは管理が良いというイメージが浸透してきたらしく、なんとなく管理がいい、修繕積立金が将来一定で上がらないなど、断片的かもしれないが種々情報が浸透しつつあるようです。僕らも管理が良いことが地域に浸透することを目指しているのだけど、まだ如実には出ていませんが、知る人ぞ知る感じはあります。もっとメジャーにしたいですね。

 

土屋:パークシティ武蔵小杉ミッドスカイタワーの公式ホームページで、管理の状態を積極的にディスクローズして、それをエンドユーザーが見て、このエリアだったらこのマンションにするという購入物件の決まり方が増えてくると、管理をがんばる組合には、その部分がインセンティブになりますよね。

 

松尾:それは非常にありますね。もっと言うとマンションを買う前にホームページを見てみてほしいですね。

 

土屋:パークシティ武蔵小杉ミッドスカイタワーさんは意識的にマンション管理組合とマンションをブランディングすることが具体的に出来ている組合です。やってることがブランディングです。これからはマンションの所有者が自分のマンションの資産価値を自分たちで作る時代です。

 

松尾:タワーマンションや大規模マンションは、立地などの機会を活用すれば、マネタイズできる要素をたくさん持っています。今や、マンションも単に管理費や修繕金といった「税財源」だけに頼るのではなく、自らおかねを稼ぐべき時代と考えています。企業努力を重ねれば、管理費や修繕費も抑制されオーナーは楽になります。しかし、自助努力をして住民負担の抑制を維持している組合が、単に修繕金が安いとあっさり切られることはあってはならないと強く思います。

 

土屋:本当にそうですよね。そしてマンションが稼ぐって話はずっとおっしゃってましたもんね。ありがとうございました。

 

 

編集:BORDER5編集部
監修:さくら事務所マンション管理コンサルタント(マンション管理士)

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